母は、娘と共に生きることをあきらめ、自分の夢を追いかける道を選んだ。
やがて成長した娘のもとに、母が思いの丈を綴った一冊のノートが届く――。
作家・小手鞠るいさんが手がけた最新の児童書『窓』は、“母”という鋳型から抜け出して人生を拓いた女性と、その娘の物語だ。
原爆投下の是非をアメリカの高校生たちが議論する前作『ある晴れた夏の朝』は、小学館児童出版文化賞を受賞。ミュンヘン国際児童図書館による児童図書目録「ホワイト・レイブンズ」2019に入選した。
36歳で渡米後に作家デビューを果たし、恋愛小説から児童書、戦争小説まで、さまざまな物語を紡ぎ続けてきた小手鞠さん。アメリカのニューヨーク州ウッドストックにある森の家に暮らしながら、日本の読者に向けて物語を書き続けてきた。
『窓』で描いた母娘関係に込めた思い。そして子どもを産まない人生を選んだ理由と創作との関わりについて。「世界中の子どもがかわいい」と語る小手鞠さんに「女性の生き方」を聞いた。
小手鞠るい(こでまり・るい)
1956年岡山県生まれ。現在はニューヨーク州ウッドストック在住。93年『おとぎ話』が海燕新人文学賞を受賞。2005年『欲しいのは、あなただけ』で島清恋愛文学賞、原作を手がけた絵本『ルウとリンデン 旅とおるすばん』でボローニャ国際児童図書賞(09年)受賞。主な作品に、『エンキョリレンアイ』『望月青果店』『思春期』『アップルソング』『優しいライオン やなせたかし先生からの贈り物』など。最新作は7年ぶりの恋愛小説『私たちの望むものは』。
幼い頃から“働く女性”に憧れていた
――駐在妻の立場を捨てて、母親として生きるのではなく、一人の人間として夢を追いかける。『窓』で描かれる母親・真美子は、いわゆる“良妻賢母”像の対極にあるキャラクターです。
真美子たち一家は夫の仕事の都合でアメリカに移住することになりますが、その時点で彼女は自分のキャリアをいったん諦めざるを得なかった。自分と夫、そして娘の窓香、家族3人で暮らし続けるために、自己犠牲を払ったんです。
――夫の海外転勤に妻がついていく。日本ではそれがよくある形だから。
そう。でもその後、アメリカで暮らすことによって、彼女の中にあった日本の常識が薄まっていくんです。だからこそ、数年後に帰国が決まったとき、真美子は「アメリカに残る」という決断をする。
つらかったと思います。かわいいさかりの娘と別れるわけですから、それはもう身を切られるようにつらくて、悲しかったはずです。それでも彼女は、仕事による自己実現を諦めることができなかった。
一度、諦めていますからね。またそれをくり返すと、一生、自分で自分の人生を裏切りつづけることになる、と考えたんですね。
真美子という女性の考え方、生き方を、私自身は全面的に肯定することができます。私が彼女だったら、やはり、そのような生き方を選んだと思います。
私にとって、仕事というのは家族同様、とても大切なものだからです。仕事なしの人生なんて、考えられません。
こういう考え方を持つようになったのは、私の母が当時(1960年代)はまだまだ珍しかった、ワーキングマザーだったからです。
少女時代から、私は、大人になったら母のような「働く女性」になりたいと、あこがれていました。
完璧な妻や母を目指す必要はない
――日本で共働き家庭は増え続けていますが、依然として待機児童の問題や「小1の壁」などがあります。
そうなんですか。今もまだそんな問題や壁があるのですね。
アメリカ人(と言っても、あくまでも私の周辺にいるアメリカ人たち、という意味です)の場合には、母親だけじゃなくて、父親も当たり前のように育児をしますし、保育施設や託児所なども、日本よりは充実しているように、私の目には映っています。
――『窓』の真美子は、幼い娘や夫と別れて、ひとりアメリカに残る道を選びます。なぜ彼女はそうせざるを得なかったのか。そして娘の窓香は母の選択をどう受け止めたのか。母と娘、それぞれの心理が丁寧に描かれています。
小説の中にも描いていますが、私は完璧な母や妻を目指すことは、不可能なことだと思っています。完璧な人間なんて、どこにもいません。むしろ完璧ではないからこそ、学びながら生きていく喜びがあったり、働き続けることの意義があったりするのではないでしょうか。
これから大人になっていく読者の女の子たちに、物語を通してそのことを伝えたいと思いました。
子どものいない人生を選んだいきさつ
――小手鞠さんご自身は、夫婦の合意として「子どものいない人生」を選んだそうですね。
はい。でも、迷ったり、悩んだりした時期もありました。20代後半から30代後半くらいまでは、本当にこれでいいのかな、あとになってから後悔しないかな、などと、思うこともありました。彼とも何度も話し合いました。
しかし、私たち夫婦の場合には、夫が「僕は子どもはほしくない。ふたりだけでずっと、仲良く暮らしていきたい」と恋人同士だった頃から言い続けていた、ということが、大きかったです。
彼の両親は、彼が物心ついた頃から仲が悪く、彼が18歳になったとき離婚して、それぞれ別の人と再婚したのですが、子ども時代には、両親の不仲と離婚の原因が「自分という子どもにあるのではないか」と、ずっと思っていたみたいなんですね。
私も「どうしてもほしい!」と思っていたわけではなかったので、40代になった頃から、子どものいない夫婦でも、ふたりが幸せなら、それでいいんじゃないかと、自然に気持ちがふっ切れました。今は、後悔はまったくありません。
児童書を書くことは楽しい
――子どもを持たない人生を選んだことと、作家として児童書を書き続ける動機には繋がっている部分もあるのでしょうか。
最初に児童書の執筆依頼をいただいたときには、子どもを産んだことも、育てたこともない私には、児童書を書く資格はないんだ、と、思っていました。だから、ご辞退していた時期もありました。
でも、あるとき「チャレンジしてみよう!」って思って、書いてみたんです。『くろくまレストランのひみつ』という作品でした。
書いてみると、すごく楽しくて、おもしろくて、「あれ? 私にも書けるんだ」って、目から鱗が落ちたような気がしました。
子どものいない私は親ではなく、いまだに子どもです。私の内面には子どもが棲んでいるし、世界を見る目も子どもの視線なのかもしれません。
だから、児童書を書くのはとても楽しい。世界中の子どもたちに向かって「ねえねえ、こんなお話を書いたの、読んでみて!」って呼びかけながら仕事をしている、という感じかな。
〈小手鞠るいさんの児童書『窓』好評発売中〉
※後編は、近日公開予定です。
(取材:阿部花恵 編集:笹川かおり)
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March 06, 2020 at 05:26AM
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