2021年も残りわずか。今年もハード・ソフトを問わず、さまざまな新製品、新技術が発表された。麻倉怜士の大閻魔帳では、そんな1年を恒例のデジタルトップ10で締めくくる。「上位クラスに新しい技術が入ってきた」という'21年、多くのハードやコンテンツの中から、麻倉氏のハートを射止めたトップ10をお届けする。前編は10位から6位まで。
――東京オリンピックも開催された2021年、今年もさまざまなハードウェアやソフトウェアが発表・発売されました。
麻倉:今年の特徴は、特に上位クラスに新しい技術が入ってきたところだと思います。オーディオビジュアルというジャンルは、10年ごとにフォーマットが変わるような流れで来ていますけど、そういった流れとは別に、例えば液晶ディスプレイにミニLED技術が入って来ました。これまではOLEDの技術革新が主でしたが、ここから液晶の技術革新が加速していくはずです。
後ほど発表しますが、今回1位に選んだ製品も、音声についてまったく新しい切り口を取り入れたものです。単に“いいものを作りました”というだけでなく、“新しい切り口や技術が入ってきた”というのがポイントだと思います。
空間サラウンドでも、スピーカーの位置を厳密に決めなくても、非常に正確なサラウンドを実現できるといった新しい技術がどんどん入ってきていて、“楽しい”が活性化されてきたなというのが、今年の印象ですね。
ちなみに毎年、この季節に大閻魔帳のトップ10をやっていますが、これは極めて私的なランキングなので、客観的に「これが優れている」と選んだわけではなくて、特にハードを中心に、この1年間観てきたハードやソフト、コンテンツ、足を運んだものなど、体験してきたものの中から選んでいます。
また最近はAV機器だけではなくて、スマートフォンを評価することも多いので、スマホも特に面白いと思ったものを選びました。
10位:藤田恵美「Headphone Concert 2021」
――10位の「Headphone Concert 2021」は「コンサートのようなレコーディング。レコーディングのようなコンサート。」をテーマに、今年2月18日、19日に行なわれたイベントの音源です。
麻倉:これは音楽レーベル「HD Impression」の阿部哲也さんというプロデューサーが考え出したもの。阿部さんはずっと藤田恵美さんの作品を手掛けてきた人です。
スタジオで完成度高く録音するというのは基本ですが、コンサートは、観客とのコミュニケーションや、アーティスト同士の“あうんの呼吸”など、アクティブなやり取りがあって、それが演奏内容にも反映されます。阿部さんが長年考えていたのは、それが反映されるような場所で、いい音を録りたいということ。
ライブ作品というのは、これまでいろいろなジャンルで扱われてきましたが、ステージにマイクを置いている関係で、どうしてもPAの音、つまり“返し”の音が入ってしまうわけです。なので、ステージとは違う音質感、簡単に言えば音が鈍重な形になってしまうんです。阿部さんが考えていたのは、スタジオのクオリティを保ちつつ、しかもコンサートの“熱気”を録ることでした。
録音機材はすべてスタジオ用のものが持ち込まれましたが、最大の問題であるPAは、観客がいる限り必要になります。そこでヘッドフォンを使うことを考えた。演奏者はもちろん、観客もヘッドフォンでコンサートを楽しむようにしたんです。こうすることで返しの音がない“無音”の状態を作りつつ、観客の拍手などによって交流も生まれます。
――コロナの影響で大人数を集められないことや、声を出せないということも逆手に取って、しかも今までよりもっといいクオリティのものを作ろうという攻めの姿勢ですね。
麻倉:出来栄えは素晴らしくて、ライブ作品でこんなにクリアで抜けのいい、解像度の高い音はほとんど聴けません。つい最近聴いたライブ作品も、やっぱり鈍重な印象でした。記録用として録っていたものを商品にしているようなものだから、いかにもライブという感じでした。
しかし、この藤田さんのヘッドフォンコンサートは、ライブで聴いているようなやり取りもありつつ、演奏者の側にとっても、スタジオの閉ざされた空間ではなく、広い会場でお客さんが目の前にいるという点は、何かしらの刺激があったでしょうし、本当に音のクオリティはスタジオ以上に感じられました。
先日、阿部さんに話を伺ったんですけれど、大変だと言っていたのはヘッドフォン端子を全部自身で作ったこと。ヘッドフォン自体はお客さんが持参したものですけど、ヘッドフォンアンプからケーブルを伸ばさなくてはいけなくて、その分岐などは全部阿部さんがやったそう。
より良い音を、よりエモーショナルに録音したいという録音芸術の部分は基本なんですけれど、新しい、生々しい手法のように感じました。音を良くするのはハイレゾですが、その前の音源づくりというところで、非常に感情に訴える、しかもクオリティの高いやり方を作ったというのは技術革新、イノベーションだと思いますね。
8位:サムスン電子「Galaxy Z Fold3」
――続いて8位は、スマートフォンですか! サムスンの折りたたみ式「Galaxy Z Fold3」ですね。
麻倉:スマホの在り方が変わってきたと思うんです。その例がバルミューダが発売した「BALMUDA Phone」。あの製品のように社長が「自分が欲しいから」と作るようになったということは、ものづくりが変わってきたんだなと感じるんです。
今までは市場調査して、トレンドを探って、他社の動向を考えた上で、「新製品はこういうスペックだ」と決めてきたから、ハイエンド、ミドルというのはだいたいスペックが似てくるし、形にも大きな差はないので、みんな同じようなものになってきます。
だけど、いろいろな動向を見ていると各社の特徴が出るようになってきました。今回ランキングには入れなかったGoogleのPixel 6は、Tensorという自社開発のSoCを搭載していて、「何をしたいか」という目的意識がはっきりしています。自動翻訳やローカルで自動文字起こしができる機能、カメラでもコンピュテーショナルテクノロジーを使って、何十枚も撮影した画像を組み合わせて解像度を高めるとか、CMで流れているように、人や電線を消してしまうようなことができるようになりました。AIや画像認識技術を使って、できることはなんだろうという点をすごく突き詰めている。外観は他社のスマホと同じですけど、独自性があるので欲しいなと感じますね。
ソニーも、ミラーレスカメラ「α」の光学技術を活用していて、AIとは違う、光学的に目の前の景色をしっかり撮っていく方向に加えて、アーティスティックなところもある。カメラづくりの伝統と、デバイスづくりとAIをミックスさせて、Googleの“人工的・人為的”な絵とは違うナチュラルな絵を追求している。よくよく見ると、各社の特徴が出ているわけです。
そんな中で、今回選んだZ Fold3は“観るスペクタクル”というか、例えば写真や動画を撮るというときは、普通のスマホと変わらない撮影方法になるんですけど、それを観る時に端末を広げると、まったく違う世界が待っている。ミクロな世界における大画面というか、スマホで一般的な縦長から正方形に画面が広がることで、観る世界、体験が全然違うんです。
いずれ、この体験が日常的に味わえる状況になると思います。Z Fold3の価格は20万円前後とちょっと高い。でも、これは3世代目でヒンジが途中で止まるようになったとか、細かな改良が続けられている。
おそらく価格の面においても、今このタイプの折りたたみスマホは数社しか手掛けていないので、そこまで安くなっていないですけど、もっといろいろなメーカーが参入してきて競争になると、あるタイミングでグッと価格が下がってくるはず。
そうすると、スマホを楽しむ切り口が変わってくると思うんです。Googleのように徹底的にコンピューターを突き詰めていくのもアリだと思うし、このように見栄えを大迫力にするのもアリだと思います。
――これだけ画面が大きいと、写真を撮るときの気分も変わりますよね。
麻倉:そうなんですよ。画面を広げて写真を撮ると、撮影するときもエモーショナルな感じというか、景色を閉じ込める、切り取るという、使い手にとっても新しい体験になる。撮る体験も観る体験も新しい。情報的というよりも情緒的なスマホの使い方というか、価値が出てくるんじゃないかなと思います。
いつでも、どこでも、携帯できるという特徴もそうですけど、スマホは従来型のカメラが追求しているような道ではなく、逆にそのカメラが進めない道を追求しています。Z Fold3は、広げる前でも一眼カメラのモニタよりディスプレイサイズが大きいですが、それがさらに広がることで一眼レフでは絶対味わえない“エモな”映像を楽しめる。テレビを常に持っているような感覚を味わえます。
7位:The Beatles「Let It Be[Super Deluxe]」
麻倉:せっかくだし、7位はLet It Beを弾きながら……。
'17年からビートルズの「50周年記念エディション・アニバーサリーシリーズ」が発売されていて、'17年は「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」、'18年は「ザ・ビートルズ(ホワイト・アルバム)」、'19年は「アビイ・ロード」が出て、全部買ってきました。アニバーサリーシリーズには、いろいろバージョンがあるんですけど、スーパー・デラックスを買うと、アウトテイクなど、そのときに制作されたものが全て収録されているのと、Blu-rayも付いてくるのでDolby Atmosでも楽しめるんです。
Let It Beは映画にもなっていますが、このアルバムはバラバラになった音源をどうするんだというときに、フィル・スペクターというアメリカのプロデューサーがひとつにまとめて完成させたもので、ミックスのバージョンが複数あるんです。
ひとつはフィルがミックスした公式リリース版(6.Let It Be[2021 Mix])、もうひとつはそのシングルバージョン(57.Let It Be[Single Version / 2021 Mix])。3つ目はエンジニアのグリン・ジョンズによって制作された未発表版(51.Let It Be[1969 Glyn Johns Mix])。
いろいろなバージョンがあって、しかも今回はすべてリミックス、リマスターされて音が格段に良くなった。音が格段に良くなり、ミックス違いがすべて入っているので、それを聴き比べる面白さを味わえます。
2009年には、リミックスせず、フィル・スペクターが作った音源そのものをリマスターした44.1kHz/24bitのリマスター版も発表されています。これを基準として聴き比べると、「2021 Mix」は基本的にはフィル・スペクター版を壊さないで、リマスターしたものです。ちなみにフィル・スペクター版にはジョンとジョージが賛成したけど、ポールが反対したんです。「厚化粧した音になっているじゃないか」と。
面白いなと感じるのは「Single Version」で、これはまったく違うものでびっくりしました。アルバム版はバランスがいいんですが、シングルバージョンはいかにも「売るぞ!」という意向が強く感じられ、音が大きくて、ベースもすごい。派手なサウンドなんです。それに対して「Glyn Johns Mix」は、あまりに弱い。お風呂で聴いているようなリバーブがかかっていて、音像も細い。音圧も弱い。
このスーパー・デラックスでは、こういったバージョン違いをLet it Beに限らず比較できます。ビートルズのいろいろなイメージというか、最終的には商品になっているんだけれど、それ以前にこんなことをやっていたんだというテイク違いがたくさん入っているし、段々と完成度が高まっていって、最終的に商品になっていく過程も分かるし、昔発売されたものを持っていると、「昔はこんな音だったけど、今はこんなに音が良くなったね」という体験もできます。
さらにBlu-rayにはDolby Atmos版も入っていますから、空間的に再配置した時にどんな音になっているかも楽しめる。ビートルズファンだったら、一家に一アルバムあっていいと思います。
ビートルズといえば、'22年10月でデビュー60周年。'17年に始まったアニバーサリーシリーズで扱われているのは、活動後期のアルバムなので、今度は活動初期のアルバム、「プリーズ・プリーズ・ミー」(1963年)、「ウィズ・ザ・ビートルズ」(1963年)、「ハード・デイズ・ナイト(1964年)」なども出してほしい。これもテイク違いが山ほどありますから。
――ビートルズといえば、麻倉さんは大学でビートルズ講座も行なっていました。
麻倉:'18年から3年計画で早稲田大学のオープンカレッジでビートルズ講座をやってきました。これは213曲あるオリジナル曲を1曲ずつコード進行をベースに徹底検証するもの。そうすると1時間30分ある講座のうち、例えばイエスタデイだと、それだけで1時間経ってしまう。そうなると、213曲はいつ終わるんだ!? となるわけですが(笑)。結局'18年の初めにスタートして、'20年2月末ごろにコロナの影響で終わってしまいました。最後に扱ったのはアビイ・ロードの最後くらいで、あとはLet it Beが残っているくらいのタイミングでした。
2022年の1月から、初めのPlease Please Meから再開しますので、ビートルズのコード進行を学びたい方は、ぜひ早稲田大学エクステンションセンターの講義に足をお運びください。詳細はホームページに載っています。宣伝でした(?)。
私も授業のためにCDを買い込むんですけど、ほんとにいろいなバリエーションがありますね。「なんでこんな恥ずかしいテイクが出てくるんだ」みたいなものも見つかります(笑)。それだけ人気があるということで、やっぱり初期のリマスターも欲しいなと思いますよ。
6位:ソニー サウンドバー「HT-A9」
――6位の「HT-A9」は4本のスピーカーで12個の仮想スピーカーを生み出すという新機軸の製品です。
麻倉:HT-A9は、ワイヤレススピーカーによる4.0chシステムという、まったく新しい提案。送信機とワイヤレスのアクティブスピーカーの組み合わせという機器構成は最近話題の「WiSA」と似ていますが、とてもソニーらしい技術も盛り込まれています。
それが「360 Spatial Sound Mapping」です。信号処理負荷の大きい波面合成技術をホームシアター用に簡易化した独自の物理音場再現技術と、音場最適化技術を組み合わせたもの。これにより、設計側の任意の位置に音源チャンネルを形成することが可能になるんです。これによって4台のリアルスピーカーで12台の“ファントムスピーカー”を生み出し、イマーシブサラウンドを可能にしています。
9位に入れたAMBEO Soundbarとも似ているんですけれど、リアルにスピーカーをチャンネル分設置しなくても、バーチャルで処理してくれるわけです。バーチャルと聞くと、“単に音が広がっているだけ”という感じがしそうですけど、先程述べたように、AMBEO Soundbarはバーチャルといっても正確なバーチャルでした。
そして、ソニーのHT-A9はスピーカーが4つしかないんだけれど、この4つを使ってバーチャルなチャンネルというか、オブジェクトの再生方式をうまく使って、リアルな7.1.4chとか7.2.4chとか、リアルな配置とほとんど変わらないようなチャンネル数を“リアル的に”聴けるというのは、すごく感心したところです。
音像の位置や移動感とか、複数の音像が同時に動くとか、そういった表現がとても正確でした。いわゆるバーチャルで、「頭部伝達関数を使って~」といったものではなく、正確で自然な音を、この4つのスピーカーで出せるというのがすごいと思いましたね。
とてもソニーらしい製品だとも思います。デジタルの技を使って、強制的にそこにあるべき位置に定位させるというのは、単にあるものを再生するというのではなく、ソニーのテクノロジーを使って新しい価値を作りますよというスピリットを感じる。
あと音質も良いんです。悪いスピーカーの音をサラウンドで広げると、全周的に悪い音になってしまう。しかし、これは良い音が全周的に広がります。これまでは「音がいいものは音場が悪い」、「音場がいいものは音が悪い」という2択みたいなところがありましたが、HT-A9のように新しいテクノロジーを使うことで解決されるのではないかという期待も出てきて、すごく面白く感じました。
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