世界はバブルを繰り返す
「バブルや金融危機を正面に見据えない経済学は、果たして真の経済の姿を映しているのであろうか」――。著書の『バブルの経済理論』(日本経済新聞出版)が2021年の日経・経済図書文化賞を受賞する櫻川昌哉氏は、現代マクロ経済学についてそう喝破する。櫻川氏は、経済学者として日本のバブルと崩壊後の停滞をどう理解すべきか悩む中、2008年のリーマン危機をきっかけに「バブルは普遍性を備えた現象である」と確信した。その本質を捉えたのが「低金利の経済学」の考え方である。
日米ともバブル期は、市場利子率が経済成長率よりも低い状況が一定期間続いた。そこで起こったのは、「財」と「財」の交換ではなく「財」と「霞(かすみ)」の交換であり、株や不動産といったバブル資産(霞)を買う側から売る側への、一方的な贈与であった。
バブルの経済理論とは何か。本稿では、櫻川氏による解説寄稿を掲載する。
日本を襲った土地バブルと米国で起きた住宅バブルについて調べてみると、おもしろいことに気がつく。バブル期には、利子率が低いのである。それだけなら誰でも知っている話である。少し詳しくデータを見ると、図で示されるように、いずれの利子率も経済成長率よりも低い。実は、この事実、経済学者にとってはかなり重い。
我々が学んできた経済学では、市場利子率が経済成長率よりも2~3%高いことになっている。利子率が成長率よりも低い事態がある一定期間続くことはありえない。
この事実は、仮に「低金利の経済学」というものがあるなら、どのように考えたらいいかというところに筆者を導いた。そして、リーマン危機以降に我々の前に現れたのは、市場利子率は経済成長率よりも低いことが当たり前となりつつある世界である。
2021年現在、米国、日本、中国、ドイツなど主要国では市場利子率は経済成長率よりも低い。確信したのは、低金利に真面目に向き合う必要があるという直感である。これが、筆者が『バブルの経済理論』(日本経済新聞出版)を執筆した動機である。
バブルとは、期待によってのみ価値が支えられるいかにも怪しげな存在である。アダム・スミス以来伝統的に、経済学が念頭に置いてきたのは、価値が同じもの同士が等価で交換される世界である。一方、バブル資産と財の交換は、当の本人の意識はどうであれ、冷めた目で財の流れを見ると、交換ではない。財の一方的供与、つまり贈与である。バブル経済の本質とは、等価交換を前提とする市場経済に不等価交換でしかない贈与が入り込んでいる世界なのである。
バブル資産と財の交換は「贈与」である
贈与であるという点から見れば、頻発する資産バブルは言うまでもなく、政府が半ば国民に強制的に持たせる貨幣や国債もまたバブルである。違いは、信用の根拠が市場にあるか、政府にあるかである。バブル理論の守備範囲は、資産バブルのみならず、金融政策や財政政策へと必然的に広がる。
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