今年6月にある東京の老舗鰹節問屋が選び抜いた素材をふんだんに使った贅沢な万能つゆ「蕎麦つゆ」を発売した。希釈なしで290cc、1500円(税抜)と家庭用で日本一高い「蕎麦つゆ」として、流通関係者や老舗や有名蕎麦屋の店主の間で話題になっているという。
その「蕎麦つゆ」を発売したのが文化5年(1808年)創業の老舗、丸勝かつおぶし株式会社である。現在は東京都練馬区の中村橋駅近くに本社を構えるが、創業は鹿児島県熊毛郡屋久島町一湊、つまり鰹節の本場、屋久島である。そこで、今回は「蕎麦つゆ」開発の中心人物、代表取締役の真辺健治さんに発売の経緯などを伺うことにした。
日本では古来から鰹を使った保存食が食べられていた。現在の鰹節が登場したのは室町時代以降とされる。紀州、土佐、薩摩などで焙乾法が確立されて行き、1800年代には鰹節は江戸や大阪などに広まり高級品として重宝されていた。丸勝かつおぶしが創業した頃は、土佐与市が鰹節の焙乾法を薩摩に伝えた頃だという。日本史の教科書的には間宮林蔵が樺太探検をしていた頃というからすごい老舗である。薩摩の屋久(役)島節は江戸時代にはすでに名産品だったという。
日本一高い蕎麦つゆを作った男
丸勝かつおぶし株式会社は西武池袋線中村橋駅から千川街道を練馬方向へ5分ほど歩いた所にある。瀟洒な威風堂々とした社屋とともに真辺健治さんが迎えてくれた。
入口には鰹のデザインを配したエルメスオレンジの暖簾が輝く。そこには奈良東大寺の住職で華厳宗の僧侶、清水公照氏(1911年~1999年)の署名が記されていた。聞くと、陶芸や絵画の才に秀でていた清水公照氏が、懇意であった先代のために描いてくれた鰹の挿絵から作った暖簾だという。社名も清水公照氏の直筆というから恐れ入る。
話を聞く前に少しだけ、社内を見学させてもらったのだが、その凄いこと。地下1階には花削りに使われる荒節(黒節)が沢山冷蔵保存されていた。2階には煮干し、あご干し、鰺(あじ)干し、さば煮干し、鯛煮干しなどラーメン店向けの商品、3~4階には出荷を待つ2年物の本枯節などが段ボールに保管されていた。倉庫はどこも衛生的で管理が行き届いて、最新の社屋である。丸勝かつおぶし株式会社は、現在そば店関係3000店以上、ラーメン店3000店以上、高級スーパーや百貨店に販路を持つという。
しかし、なぜ家庭用で日本一高い「蕎麦つゆ」を作ることになったのだろうか。その思想には「本物」という言葉がキーワードになっているようだ。
からの記事と詳細 ( 日本一高い「家庭用そばつゆ」ってどんな味? 創業1808年の老舗かつおぶし問屋が開発《希釈なし290ccで1500円》 - 文春オンライン )
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