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Thursday, June 3, 2021

<視点>米ロ「安定して予測可能な関係」は期待薄 厳しい現実を直視せよ 外報部・常盤伸 - 東京新聞

ロシアのプーチン大統領㊧とバイデン米大統領=AP

ロシアのプーチン大統領㊧とバイデン米大統領=AP

 米バイデン大統領とロシアのプーチン大統領との初の対面での首脳会談がスイスのジュネーブで16日に行われる。本格的な米ロ首脳会談は2018年にトランプ大統領とプーチン氏がヘルシンキで行い、物議を醸した会談以来、3年ぶりだ。ただバイデン氏からあえて会談を提案した点や、その真意などを巡ってさまざまな臆測や論議を呼んでいる。

◆ロシアと欧米の関係は過去最悪

 内外で民主主義への攻撃を続けるプーチン・ロシアと欧米の関係は過去最悪の状況にある。象徴的な例はチェコとの関係だ。チェコ政府は4月、2014年にチェコ南東部で弾薬庫が爆発され2人が死亡した事件に、ロシア軍の情報機関である軍参謀本部情報総局(GRU)の特殊工作部隊「29155」が関与していたと発表。その中に2018年春、英南部ソールズベリーで、有毒神経剤ノビチョクを用いて、亡命したロシアの元GRU大佐、セルゲイ・スクリパリ氏とその娘を暗殺しようとした2人のGRU工作員が含まれていたことも世界を驚かせた。チェコ政府が、国家テロともいえる破壊工作への対応として、チェコに駐在するロシア外交官18人を国外退去させると、ロシア側は前例のない敵対行為だと反発して同様の措置をとり、外交関係断絶の一歩手前となっている。

 東欧諸国は冷戦時代、ソ連の衛星国だった歴史的経緯もあり、ロシアへの脅威認識がおしなべて強い。その中では、チェコは対ロ関係が比較的良好で、親ロ派のゼマン大統領はロシアに融和的な発言を繰り返してきた。それだけにチェコとの関係悪化は欧州への影響力浸透を狙うプーチン政権にとり、想定外の事態といえるだろう。

 また政府軍と親ロ派との紛争が続くウクライナ東部の国境近くにロシア軍は4月、2014年のウクライナ危機以来、最大規模の部隊を集結させていた。ところがバイデン氏が電話で首脳会談を提案すると、プーチン氏は部隊を撤収させた。

 だが、慎重なプーチン氏が正規部隊のウクライナ侵攻命令を下す可能性はもともとゼロに等しかった。いつもの通り、軍事力で「危機」を演出して外交で主導権を握ろうとのプーチン氏の意図は明白だった。バイデン氏が会談を提案したタイミングの妥当性には疑問符がつく。バイデン氏は共和党議員らから「プーチンにご褒美を与えた」などと批判された。プーチン氏はお家芸ともいえる手法に自信を深めたかもしれない。

◆中ロ関係にひびは入るのか

 この一方で、米政権はますます強大化する中国への対抗から、対ロ強硬一辺倒から対ロ関係改善に方針転換したとの見方も一部のメディアや専門家の間で出ている。米外交専門家の間には、「中ロ離間策」の推進を促す向きすらある。

 米政権にとり、中国の存在は常に念頭にあることは間違いないが、ことはそう単純ではない。そもそも民主主義の擁護を掲げ、国際協調主義の立場にたつバイデン政権の発足以降、国際社会の構図は、欧米などの民主主義対中ロなどの権威主義という互いに相いれない価値観の対立という性格がますます色濃くなった。信頼関係はさて置き、多くの分野で利害が一致する中ロ関係の強化は当面避けられない。

 米ニクソン政権は1970年代初頭、リアリストの立場にたつ国際政治学者でもあったキッシンジャー大統領補佐官の主導で、中ソ対立を利用して、対中関係を劇的に改善させ対ソ戦略に集中できた。しかし、中ロを取り巻く状況はその当時とは全く異なる。中ロ離間が可能との見方は、あまりにナイーブな希望的観測と言わざるを得ない。厳しい現実を直視するべきだ。

◆強硬な反米派がナンバー2に

 また、国内で民主化運動にさらされるプーチン政権にとって、「最大の敵」とする米国などからロシアを守る強い指導者プーチン氏のイメージを、9月の議会選を控えて強化する必要もあるだろう。

 ロシアの独立系専門家らも指摘するように、政権内ではプーチン氏側近のパトルシェフ安全保障会議書記ら、最も反米意識が強い旧KGB(ソ連国家保安委員会)系の幹部の影響力がますます強まっている。いまや事実上の政権ナンバー2であり、ここ数年、ロシア政府紙「ロシア新聞」などでは、パトルシェフ氏の長文のインタビュー記事が定期的に掲載される。パトルシェフ氏は、退廃的な欧米のリベラルな民主主義に対する「ロシアの精神的、道徳的価値観」の優位性を主張してきたが、最近のロシア新聞とのインタビューでは、改訂作業が終わり、間もなく発表される「ロシア連邦国家安全保障戦略」に、こうした排外的なイデオロギーが盛り込まれることも明らかになった。

◆制裁「解除」は誤ったシグナル

 米国の対ロ外交でやや気掛かりな点もある。ロシア産天然ガスを欧州へ輸送するプーチン氏肝いりの大プロジェクトパイプライン「ノルド・ストリーム2」建設をめぐる問題だ。バイデン政権は、「ノルド・ストリーム2はロシアの地政学的なプロジェクトである」と批判して経済制裁を科したトランプ政権の方針を引き継いできたが、首脳会談実現のために、事業会社への経済制裁を一時的とのただし書き付きとはいえ解除にまで踏み切った。ロシア側に誤ったシグナルを与えた可能性がある。

 バイデン氏は、ロシアが国内での人権侵害、民主派迫害や欧米への攻撃的行動を続けるなら制裁を強化すると、プーチン氏に明確に警告すべきだ。

 こうみてくれば、米政権が狙うロシアとの「安定して予測可能な関係」構築は、残念ながらプーチン政権が続く限り、期待薄と言わざるを得ない。

 一方で、二大核超大国が世界の安全保障に重大な責任を負っていることは言うまでもない。米ソが核戦争の一歩手前までいったといわれる1962年のキューバ危機の後、首脳間のホットラインなど両国間の連絡の枠組みを設けたことを想起したい。緊張した関係のなかで行う首脳会談は、誤解に基づく偶発的な衝突やエスカレートを防止するうえでは、大きな意味がある。

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